東証プライム市場の上場企業が2025年4月から英語でも情報を開示するよう義務付けられた。企業の現場では英文の投資家向け広報(IR)に関わる人材が不足している。負担が一因でプライム上場維持を断念する企業もある。海外投資家を呼び込むために必要な施策を軌道に乗せるには、官民を挙げてIR人材を育成することが欠かせない。
子供向け写真館を運営するスタジオアリスは25年2月、上場先をプライム市場からスタンダード市場に移した。理由の一つとして挙げたのが、社内に英文開示に対応できる人材がいないことだった。
英文IRの開示の義務化対象となるのは決算情報と適時開示情報で、その他の資料は努力義務だ。全文を英語で開示する必要はなく、一部や概要の開示でもよい。東証の担当者は「実務の負担を考慮した。まずは取り組み始めることが大事だ」と話す。

東証によると、25年8月時点でプライム企業の9割超が決算短信と適時開示情報を日本語と英語で開示している。IR部門だけで多数の人材を抱えるような企業でなければ、自社で英文IRにたけた専門人材を抱えるのは簡単ではない。これからプライム上場を目指す企業にも重い負担となる。
多くの企業は外部のサービスに英文IRの資料作成を頼る。英文IRを支援するストレイカージャパン(東京・中央)が東証上場企業でIR関連の業務に携わる330人に調査したところ、英文IRを「完全に社内で内製して対応している」と答えたのは12.5%にとどまった。
専門人材の需要は高い。人材サービス大手のエンが運営する30〜50代向けの転職サイトでは、英文開示に関する求人が24年に前年比2倍超となった。義務化に対応する企業で求人が増えた。25年も23年比7割増だった。
英文で開示している企業であっても質の向上が求められる。東証によると海外投資家からは「詳細な説明やニュアンスが欠けている」「日本語版ほど包括的でないことがある」などの指摘が寄せられている。
東証の担当者は「企業にはグローバルで資金を獲得する手段として開示の必要性や発信内容を検討してほしい。東証のサイトでも参考になる情報を提供している」と話す。海外からの投資を呼び込むという本来の目的を果たすには単純に英訳を開示するだけでなく、官民挙げて海外投資家に精通した専門人材を育てることが急務だ。
一般社団法人東京国際金融機構は21年度から東京都の補助を受け、新興市場の上場企業を対象に、英語でのエクイティストーリー(成長戦略)の構築や決算資料の作成と英訳、海外投資家とのコミュニケーションを支援している。これまでスタンダードとグロースに上場する62社が参加した。
同機構の竹村龍一氏は「欧州ではESG(環境・社会・企業統治)に注力しているか、米国では今後の成長可能性が見いだせるかなど、海外投資家が重視する基準は日本と異なる」と指摘する。
今回、英文IRの開示が義務づけられたのはプライム市場だけだが、「スタンダードやグロース上場企業も英文開示をしたことによって海外投資家から資金調達できるケースはある」(大和総研の藤野大輝研究員)。義務化を機にIR人材の育成に改めて目を向ける必要がある。
(山下美菜子、武沙佑美)
出典:日本経済新聞 朝刊(2026年1月13日掲載)
記事見出し:「英文IR義務が負担に、プライム上場断念も 発信へ人材育成欠かせず」
許諾番号:001586